情報サービス産業の今を俯瞰する(その10)

情報サービス産業の今を俯瞰する(その10)

上記テーマのシリーズエントリです。

内容としては、情報サービス産業の現状を理解し、また中小派遣型受託開発ソフトハウスの課題や解決策を探るべく、ちょろちょろと以前に書いていたメルマガがベースになっています。

特定の企業だけでなく多くの中小派遣型受託開発ソフトハウスに当てはまる内容かと思っています。
ぜひご批評を頂ければと。
それではどうぞ。

●中小ソフト開発会社の生き残り策

今回は、中小ソフト開発会社の生き残り策というテーマで、ある書籍に記載されていた内容があったので、参考までにご紹介したいと思います。
 
 書籍情報は以下です。
 
 ・IT産業 再生の針路 破壊的イノベーションの時代へ
  日経BP社編集委員 田中克己(著),日経BP出版センター,2008年

先日当方が情報展開した、以下の記事を書いている方の書籍です。
 
 ・受託ソフト開発会社は、もう終わり!(出所:ITPro)
   http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20120530/399413/

どんな内容なのか早速見ていきたいと思います。

●中小ソフト開発会社の5つの生き残り策

本書のスタンスは、大手ベンダ企業が国際競争力がないので、やはり生産性の向上、グローバルで戦えるプロダクトやサービスの研究開発が課題という背景をとらえています。
 
その上で、NTTデータの山下徹社長は、現在の多重下請構造を改革し、自動車業界のような産業構造に再編すべき、と訴えています。
 
自動車メーカは、エンジンなどのコア製品を自前で内製しますが、タイヤやマフラーなどの部品は、パーツとして専門部品メーカから調達し、最終製品に組み立てています。
 
つまり、パーツを組み立てるという感覚で、システムを組み立てることを狙っています。今までの多重下請だと、同じような部品でも、一からスクラッチ開発をしてきました。なので生産性が悪いと考えています。
 
 
そしてこれがつまり、情報サービス産業白書に記載されていた、コラボレーション型ベンダ、ビルディングブロック型ベンダの発想に到達します。私見ですが、やっぱりNTTデータなどの大手の考えに沿った白書だったというわけです。
 
 
そのように、大手ベンダが率先して業界構造の変革に着手しており、生産性向上に向かって動いているという背景があります。この背景では、受託開発はどんどん少なくなっていくイメージを描くことができます。
 
こうした中で中小ソフト開発会社の生き残りの策を5つ記載しています。
 
 
 
 
 

2.中小ソフト開発会社の5つの生き残り策

書籍中での生き残り策は以下です。
 

No. 生き残り策の内容
オフショア開発に取り組む
中国やインドの技術者の採用
下請から専門特化型会社への転換
持ち株会社(ホールディングス)の設立
ユーザ企業との共同開発

ぱっと見たかんじだと、戦略レベルの内容と戦術レベルの内容があって、あまり網羅性がないようも見えますが、まずは本書の内容に従って見ていきます。
 
 
 

(1)オフショア開発に取り組む

生産性向上をするなら、同じアウトプットを少ないインプットで実現しようという路線をストレートに追求するパターンの策です。つまり、コスト削減です。
 
こうした取組みも現実感を持って狙ってみるのも必要だと思います。ただし、中国やインドの企業は、日本の下請をずっとやるつもりは初めからありません。グローバル企業に成長することを狙っているので、中国やインドの企業がいつまでもオフショアに甘んじていることもないのかと思います。
 
事実、アメリカのオフショアの目的としては、「高い技術力を活用したいため」という目的が上位に位置しています。日本はもっぱら「日本流の多重下請構造を海外に押し付けることでのコスト削減」がオフショアの目的の1位です。ただしインドのオフショアを活用する場合は、高い技術力を目的にしている企業も増えてきています。このあたりは「IT人材白書」に具体的な調査結果も記載されています。
 
 
 

(2)中国やインドの技術者の採用

オフショアでなくともインドや中国の優秀な技術者を雇用するという方法です。もしくは、日本のシニア技術者を採用する、という手もあります。これもコスト面に強みを持つことでの生産性の向上です。
 
実際、全ての企業がコラボレーション型ベンダとビルディングブロック型ベンダに移行することは考えられません。少なくとも、ビルディングブロック型ベンダからの受託開発を行う「下請企業」はなくならないと思います。ただ、それが日本の企業なのか海外の企業なのかはわかりませんが。。。
 
そういったところでコスト面の強みを持っていることも必要になってきます。
 
 
 

(3)下請から専門特化型会社への転換

これが、独自のプロダクトやサービスを保有することでのエンドユーザの獲得、つまり下請からの脱却です。また、ビルディングブロック型ベンダへの成長の道とも言えます。
 
知識集約によってこれができれば経営も安定すると思います。
 
 
 

(4)持ち株会社(ホールディングス)の設立

これは資本力を強化するという意味とイコールです。大企業グループの傘下に入るか、小規模の企業が、企業再編を行うことで、資本力が強化され、多重下請構造のままでも、従業員の増加をし続けることで、売上増加を達成できます。
 
資本が増強されれば、経営は当然のことながら安定します。しかし、業界構造の変革には対応できないので、もしかすると足元から転げ落ちる可能性は否定できません。
 
ただ株式交換等による子会社化は、とてもスムーズに企業再編ができますので、事業承継の意味も含めて、持っていたい選択肢ではあると思います。

 
 

(5)ユーザ企業との共同開発

これはやや戦術レベルの内容です。(3)のように独自のプロダクトを開発したいが資本がない、という場合は、初めに企画を立ててお客さんを先に確保するということです。
 
で、お客さんにも先行投資をしてもらいながらプロダクトを開発するという道です。これはいろんな選択肢に付与できるオプション的な戦術だと思います。資本のない中小企業は、同業他社との連携だけでなく、顧客企業との密な連携も必要だと思います。
 
 
 
 
 
 

3.当方の考える生き残り策の案

上記を受けて、当方で考える生き残り策として、生産性の向上と、業界構造の変革の面から考えを述べてみたいと思います。
 
 
 

(1)生産性の面

まず、生産性の向上という点では、当方はこの業界の構造変革による生産性の向上によって、コスト競争力を強める余地がまだあるように思います。オフショアを使うでもなく、人件費をカットするでもなく生産性を向上させることが可能です。変革するのは、業界の慣行です。
 
 
下請構造と業界慣行により、「1人=1プロジェクト」の縛りがあることが生産性を向上させられない根本原因です。なので、1人で複数プロジェクトを受けられるような体制作りをします。
 
すると1人で複数のプロジェクトを行うわけですから、人件費を維持したまま売上高は増加します。つまり利益が増大します。ということは、1プロジェクトあたりの対価は低く抑えることができるようになります。
 
つまり、お客さんからしたらその会社に発注するとコスト削減になるので生産性が向上しますし、会社内部では1人が複数プロジェクトを掛け持ちしているので、1件あたりのプロジェクトの売上が低くなっても、その分増えるシェアによって売上を確保できます。
 
つまり、価格を低下させることによって、大きなシェアを得る、という戦略です。構造改革によるコスト・リーダーシップ戦略です。
 
 
 
これは当然の考え方で珍しくも何ともないですが、「単価を上げてほしい」という方向でしか考えてこなかったこの業界にとっては異質な考え方ではないかと思います。
 
ソフトバンクが携帯事業に参入するときも低価格を訴求し、あっという間にシェアを伸ばしました。Yahoo!BBのときも、無料でルータを配布するなどして、あっという間にシェアを奪っています。
 
また近年では「FREE」の概念が浸透しており、フリーミアムなどの基本料金は無料か無料に近いサービスを提供し、オプションで課金するというビジネスモデルによって、本当にあっという間に携帯ゲームが日本中に浸透しました。

 
価格を低くすることで市場シェアを伸ばすのは経済学でも基本中の基本の戦略です。
 
このように、業界構造を変革することによりコストダウンが可能になります。その結果、お客さんからしてみれば大変ありがたい「コスト削減」が可能になります。これが生産性革命・コスト競争力になると思います。
 
 
もちろんこの仕組みに対して、更にオフショアの利用や、海外労働者の採用もしてもいいと思います。圧倒的なコスト・リーダーシップを発揮できれば、この業界でのシェアを伸ばす余地はまだあるのではないかと思います。
 
また、同業他社との連携を進めることも必要になってきます。横の連携をしてリスク分散が可能な組織運営をします。ある特定の業種だけに特化するのではなく、金融・製造・小売・通信などのあらゆる分野に対応し、ある産業が衰退しても、スムーズに他の伸びている産業へと技術者を送り込むことができれば、特定の産業や企業の衰退リスクを分散することができます。
 
資本力もある程度は必要ですが、ビジネスモデルとして知識集約を行っているので、小資本でも高い利益を追求することができます。横の連携は、資本の増強ではなくリスク分散効果が第一義です。
 
 
 
 

(2)業界構造の面

ただし、生産性革命は業界構造が多重下請構造であることが前提です。
この構造があと5~10年で崩れてきた場合は、やはりプロダクト・サービスの提供を行うという専門特化企業になっていくことが必要だと思います。
 
ビルディングブロック型ベンダへの成長です。ここは、掲題の書籍の内容と同じ結論です。ここは腰をすえて知識や技術の蓄積を行っていく必要があると思います。
 
 
 
 
 
 
このように、多重下請構造のままでもまだまだやれる事は多いと思いますので、生産性向上によるシェア拡大と、顧客でのコスト削減を同時に追求することが、強力な武器になるかと思います。このような意図的なビジネスモデルの受託ソフト会社は私が知るところでは存在しませんので、相対的な強みになると思っています。単なるオフショアやコスト削減ではなく、生産性を向上させることでのしっかりとした仕組みのあるコスト削減です。
 
 
小売業のウォルマートや西友では、EDLP(エブリデーロープライス)といって、常に特売のような低価格を実現することで、コスト競争力を高めています。なぜこんなことができるのかというと、背景にはローコストオペレーションが徹底されているからです。
 
ローコストオペレーションが実現できれば、価格は自然に低くなります。
なので、ウォルマートや西友の強みは、低価格販売にあるのではなく、経営システムとしてのローコストオペレーションにあります。受託開発でも、生産性を高めることでのローコストオペレーションを組織の強みにすることが必要だと思います。
 
 

また、独自のプロダクトの面では、やはりO2Oなど先端の参入できる領域をまずは狙っていくのが良いと思います。先端の領域だと、業界のデファクトスタンダードの技術も確立していませんし、業務知識もベストプラクティスが確立していません。
 
お客さんと一緒にシステムやサービスを検討していくことができますから、新規参入するにはとても良い環境と思います。
 
 
日本のTPP交渉じゃないですが、日本が不利になるかもしれないアジアのルール、ひいては国際ルールが作られようとしているときに、なにも手を打たないのではなく、その交渉の場に自ら飛び込んで、イニシアチブを取るしか、解決の道はないと思っています。
 
新たな技術で何者かよくわからないからといって日和見をしていると、知らぬ間にデファクトやベストプラクティスという参入障壁が出来上がり、参入が困難になりますし、時間が経てば経つほど技術もコモディティ化してきます。その時になって参入しても、市場は「完全競争市場(レッド・オーシャン)」です。
 
強い競争相手がいない領域が見えているのであれば、そのブルーオーシャンに飛び込んでいくのが、経営資源の少ない中小企業の最善の策かと思います。
 
 
 
 
 

4.中小企業とイノベーション

中小企業庁で発行した「中小企業憲章」には、中小企業支援政策の基本理念の中で、中小企業についてこのように論じています。
 
 

 中小企業は・・・意思決定の素早さや行動力、個性豊かな得意分野や多
 種多様な可能性を持つ。経営者は、企業家精神に溢れ、自らの才覚で事
 業を営みながら、家族のみならず従業員を守る責任を果たす。
 
 中小企業は、社会の主役として地域社会と住民生活に貢献し、伝統技能
 や文化の継承に重要な機能を果たす。
 
 このように中小企業は、国家の財産ともいうべき存在である。
 
 難局の克服への展開が求められるこのような時代にこそ、これまで以上
 に意欲を持って努力と創意工夫を重ねることに高い価値を置かなければ
 ならない。中小企業は、その大いなる担い手である。
 
 ●中小企業憲章(経済産業省 中小企業庁)
 ⇒ http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/sonota/ChushoKensho.pdf

 
 
 
中小企業のメリットを活かし、経営資源を集中させて、とがった強みを持つことが、中小企業の本来の存在意義だと思います。
 
こういった「活力ある中小企業」に対しては、国は様々な支援政策を準備しています。いざという時のセーフティネット政策だけが注目されがちですが、「経営革新」「技術革新」「新連携」などのテーマで企業が成長するための資金を低金利で融資したり、場合によっては国からの助成金や委託事業として行うこともできる政策があります。
 
視野を広げれば、他社との連携、国の支援策の利活用などの方途は無限にありますから、思考停止にならずに考え続けることが大切だと思います。
 
 
 
また、業界構造の変革によるローコストオペレーションや価格破壊についても、こうしたイノベーションを常に模索して行動することが中小企業に求められてもいますし、そのために存在するとも思います。
 
現代経営学の大家ピーター・ドラッカーも、業界構造に関するイノベーションについて、「イノベーションと起業家精神」において、次のように述べています。
 
 
 

 産業や市場の構造は非常に安定的に見えるため、内部の人間は、そのよ
 うな状態こそ秩序であり、自然であり、永久に続くものと考える。
 
 しかし現実には、産業や市場の構造は脆弱である。小さな力によって、
 簡単に、しかも瞬時に解体する。

 しかし産業や市場の構造変化は、イノベーションをもたらす機会である。
 実にそれは、その業界にかかわるすべての者に対し、企業家精神を要求
 する。

 産業構造の変化を利用するイノベーションは、その産業が一つ、あるい
 は少数の生産者や供給者によって支配されているとき、効果が大きい。

 ※P.F.ドラッカー(著)/上田惇生(訳), イノベーションと起業家精神<上> ダイヤモンド社

 
 
 
 今回は以上です。

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