情報サービス産業の今を俯瞰する(その9)
上記テーマのシリーズエントリです。
内容としては、情報サービス産業の現状を理解し、また中小派遣型受託開発ソフトハウスの課題や解決策を探るべく、ちょろちょろと以前に書いていたメルマガがベースになっています。
特定の企業だけでなく多くの中小派遣型受託開発ソフトハウスに当てはまる内容かと思っています。
ぜひご批評を頂ければと。
それではどうぞ。
現状の情報サービス産業についての情報展開のVol.9です。
自分たちの置かれている産業の実態、変わりつつある時流を感じてもらえればと思います。
●大手ベンダの抱える課題への対応(その2)
1.前回までの振り返り
前回は、大手ベンダの抱える問題の解決への方向性として、業界構造の転換の流れを見ました。
確かに我々の経営課題である、知識集約や高付加価値化にばっちりマッチしており、転換へのステップも普遍的な内容であるように思います。
今は、この業界構造変化へのステップ(前回資料の6ページ)を用いて、我々が具体的に経営課題への取組みを行うとしたとき、どのようなフレームワークで考えればよいのかを確認していきます。
これによって、我々が経営課題解決のための具体的な内容を検討できるようになることが目的です。
2.製品・市場マトリクス
今回は経営課題解決のための具体的な検討をするうえで、とっても簡単ですが何にでも応用の効くフレームワークを使いたいと思います。
製品・市場マトリクスは、企業の成長戦略、つまり成長の方向性を検討するときに用いるマトリクスです。どうでもいいですが経営学者のH・イゴール・アンゾフが示した考え方です。
まず簡単に製品・市場マトリクスを説明します。ただ、以下のマトリクスを見てもらえればすぐに理解はできると思います。
縦軸を市場(または顧客)とし、横軸を製品・サービスと置きます。そして、それぞれの軸で、既存/新規の2パターンを置きます。
そしてこれらの組み合わせの4象限で、成長の方向性を探っていくというツールです。
製品・サービス | |||
既存 | 新規 | ||
市場 | 既存 | 市場浸透 | 製品開発 |
新規 | 市場開発 | 多角化 |
市場浸透:既存の市場や顧客に、既存の製品やサービスを展開する戦略。
今までのビジネスをもっと拡大するということ。
市場開発:新しい市場や顧客に、既存の製品やサービスを展開する戦略。
製品やサービスの新たな利用方法やプロモーション方法など
を検討し、他の市場への転用を行う。
製品開発:既存の市場や顧客に、新しい製品やサービスを展開する戦略。
既存の顧客に対して新しい商品を提供する。
多角化 :新しい市場や顧客に、新しい製品やサービスを展開する戦略。
多角化でも、技術や設備、マネジメント方法などの転用でき
る資源があれば、関連多角化と呼び、まったく関連のない領
域に進出することは非関連多角化と呼ぶ。
簡単にですが、具体的なケースで考えてみましょう。
市場浸透は、以前は1家に1台だったテレビやPCを、1人1台などのようにもっと購入してもらうことが該当します。
市場開発は、手軽に食べられるカップラーメンを、保存の利く非常食として新たな位置づけで市場に展開するようなことが該当します。
製品開発は、車やPC、OSのモデルチェンジ(バージョンアップ) が相当します。同じニーズに対して異なる商品を投入するということです。
多角化は、ヤマダ電機がSxL(エスバイエル)という住宅メーカを買収して住宅販売に乗り出すようなことです。これは、太陽光発電やオール電化商品など、住宅販売に必要な商品を含めてワンストップで提供するということを目的にしているので、今までの商品知識が活かされるので、関連多角化と言えます。非関連多角化は、まったく関係のない事業への進出で、例えばIT企業が漁業に乗り出すとかそんな話です。非関連多角化は、本業とのシナジー効果が最も薄いため、成功確率も高くはありません。
製品・市場マトリクス自体はとてもシンプルなフレームワークなので、知ってしまえばすぐに使いこなせると思います。
この製品・市場マトリクスの4つの象限について1つ1つ見ていきます。
そして、前回資料6ページの業界構造変化へのステップに対して、市場浸透・市場開発・製品開発・多角化の場合に、我々としてはどのような選択肢があるのかを検討してみましょう。
3.経営課題解決のルートを探る
ここでは議論を簡単にするため、経営課題を一部単純化してとらえています。
「プロダクト・サービスの高付加価値化」は、プロダクト化によるエンドユーザ獲得、というように読み替えてください。
「知識集約化への転換」は、コスト構造の改善、というように読み替えてください。コスト構造の改善とは、生産性向上が売上増加につながるという、ハイリターンを得られるコスト構造になる、という意味です。
ちなみに、プロダクト化によるエンドユーザ獲得ができると、プロダクト自体は知識集約も達成できるので、コスト構造も改善されます。つまりエンドユーザ獲得は、2つの経営課題を同時に解決する方策なのです。
以上の2つの視点から眺めます。この点については、前回資料の7ページ((2)経営課題解決のルートを探る(1/5))に記載しています。
では、8ページから順番に見て行きます。
(1)市場浸透(8ページ)
市場浸透という方針であった場合、どのような形でステップアップできるのか、その可能性を考えてみます。
資料には2つのルートがあります。青矢印はコスト構造の改善ルートです。こちらは現状の下請を継続したまま、対価の支払い形態のみを知識集約型に変更するという方法です。
知識集約型の対価の支払い形態とは、一括定額かインセンティブ・フィーの付与でした。たしかにこれによってコスト構造は改善します。しかし、何かしらの根拠がないとなかなか契約の変更は難しいのが実情かもしれません。客先も、インセンティブ・フィーといった契約をしたことがないでしょうから、すぐに変更することは容易ではないと思います。
もう1つの黒矢印のルートですが、これは今までのやり方を単に踏襲するだけの方法です。もちろん、短期的にはこうした取組みは必須です。
しかし長期的な視点で見た場合は、我々の経営課題の解決には何ら貢献はしません。
市場浸透は、既存顧客に既存商品を売る戦略なので、なかなか新たな発見は少ないと思いますし、経営課題解決のルートを探る、というテーマだと、同じことの延長線上に答えはないと言えそうです。
(2)製品開発(9ページ)
ここではエンドユーザ獲得のルートを2つ示しています。新しい製品を 投入するということなので、労働力の提供は既存商品ですから対象外になります。
となると、新たな商品とは単純に考えてプロダクト提供かサービス提供となります。これらを提供するという事は、エンドユーザの獲得につながります。エンドユーザ獲得ができるということは、高付加価値化・知識集約化の2つの経営課題は両方とも解決できます。
1つ目のルートは、現在の派遣先のニーズを理解し、そのニーズに適したプロダクトを開発し、派遣先へ販売するというルートです。元請け企業でも、生産性の向上や品質確保などの目標がありますから、そうした課題を解決、もしくは支援できるツールの開発・販売という道があります。
プロダクトに対して対価を頂戴するビジネスなので、知識集約ができています。
もう1つのルートは、いきなりプロダクト化から始まる矢印です。これは、顧客の問題解決を支援できるプロダクトがすでに存在するならば、そのプロダクトの販売代理店になって売るということです。もちろん、自社製品に比べて利ザヤは少なくなりますが、それでもエンドユーザ獲得の効果は大きいと思います。
ここでは2つのルートだけ示しましたが、このようにして考えていくともっと良いルートが見つかるかもしれません。フレームワークを使うことによって、どのように考えればよいのかが明確になるので、無駄な時間を使うことがなくなり、考えることの生産性が向上します。
(3)市場開発(10ページ)
市場開発は、既存製品(労働力提供)を用いるので、なかなかいいルートは見つかりにくいです。やはり市場浸透と同じく、支払い形態を知識集約型にして新たな顧客と契約を締結するというルートがあります。
もっと検討すれば良い道もあるかもしれませんが、ぱっと見た感じでは経営課題を解決できる有用なルートは見当たりません。
(4)多角化(11ページ)
同業以外の顧客への新規プロダクトの提供です。B2Bも、B2Cも選択することができます。逆に言うと何でもできるので、どの領域に絞り込むかはまた別途検討が必要です。
ただし経営課題解決のルートという意味では、やはり自社のプロダクトやサービスを提供するか、他者のプロダクトやサービスを提供するかの2ルートがすぐに思い浮かびます。
ひとまず資料を基に説明をしましたが、皆さんも自分自身でもっといい方法はないのかを検討してみてください。
4.経営課題解決への方針
前回資料の12ページ、13ページを参照してください。
12ページでは、これからの中小ソフトハウスは、やはりビルディングブロック型ベンダを目指すというのが基本的な方向性になるということを示した資料です。
イメージとしては、現状の受託開発もやりつつ、並行して特定の領域のプロダクト、サービス化を行い、身の丈にあったエンドユーザを持っている状況です。
そして大手ベンダから依頼があればプロダクト、サービスを提供したり、そのカスタマイズを受託するといったような状況を目指せればと思っています。
13ページは、製品・市場マトリクスのまとめです。やはり新製品を開発・投入するという流れが必要かと思います。ただし、「新製品」を、具体的なプロダクトと決め付ける必要はありません。
現在の受託開発のスタイルのまま、高付加価値を付与した新たなサービスでも「新製品」です。例えば極端ですが、委託された範囲でデグレや欠陥のフィールド流出をしたら違約金を支払うが、逆に問題がなければ追加報酬をもらう契約での受託開発、とかいったものでもOKなのです。
もっと自由に発想してみてください。
自由に発想して、といわれても自由すぎて何を考えればいいのかわからなくなるので、ここでもう1つのフレームワークが登場します。
ポーターのバリューチェーンというものです。
(ポーターは考案者の名前。マイケル・E・ポーターです。競争戦略論の大家です)
これは商品やサービスを顧客に提供する流れをプロセス単位に区分したもので、このプロセス1つ1つが、顧客への価値を提供するものだと考えます。価値を生み出すプロセスが連鎖すると考えるので、バリューチェーンと呼びます。
・バリューチェーン
⇒ http://www.nri.co.jp/opinion/r_report/m_word/value_chain.html
例えば、契約 ⇒ 仕入れ ⇒ 製造 ⇒ 出荷 ⇒ 販売 ⇒ アフターサービス というバリューチェーンがあったとして、これらのプロセスのどこで重点的に価値を高めるのかを考えます。
全てのプロセスで価値を高めるのではなく、特定の1つのプロセスでいいです。
例えば、さっきの品質に基づく追加報酬は、契約プロセスに対する強みでした。競合他社と比較して優位だと思える特徴が強みになります。品質に基づく追加報酬は、他社と比較しても優位な方法だと考えられます。なぜかというと、顧客に対して新しい価値を提供しているからです。品質が良かったらそれはそれで嬉しいし、もし品質が悪かったら顧客には違約金が入るので保険の意味合いも付与されます。こうした新たなオプション(選択肢)を顧客に提供できているのですから、新たな価値を提供できたといえます。
このように、仕事の流れをプロセスに細分化し、1つ1つのプロセスにおいて、どうやったら強みを出せるのか?を考えると、考える方向性が定まり、検討しやすくなります。
5.経営課題を考えるためのフレームワーク
以上までで、
1)この業界の問題点の洗い出し
2)それを解決するための経営課題を抽出
3)どのように取り組むのかを考えるためのフレームワークの提案
までを見てきました。
これで、みなさん一人ひとりが経営課題の解決方法を考えるために必要なインプットは十分にできている状態と思います。
こういった状況に直面している中小ベンダはかなり多いのではないかと推察しています。こうした業界の課題についても、視野を広げて考えるきっかけになれば幸いです。