情報サービス産業の今を俯瞰する(その1)

情報サービス産業の今を俯瞰する(その1)

ご無沙汰しています。

ちょっと久しくブログにアクセスしていませんでしたが、そろそろ復帰します。

また少しシリーズものをエントリします。

内容としては、情報サービス産業の現状を理解し、また中小派遣型受託開発ソフトハウスの課題や解決策を探るべく、ちょろちょろと以前に書いていたメルマガがベースになっています。

特定の企業だけでなく多くの中小派遣型受託開発ソフトハウスに当てはまる内容かと思っています。
それではどうぞ。

現状の情報サービス産業についての情報展開のVol.1です。

自分たちの置かれている産業の実態、変わりつつある時流を感じてもらえればと思います。

●多重下請け構造の功罪(その1)

1.多重下請け構造についての評価

多重下請構造とはプライムベンダを頂点として、開発をどんどん下請に発注する構造のことです。一般的にはこの多重請構造が問題だといったような議論があります。

IT業界の多重下請の問題は、一般的に以下のように言われています。

・中間で受注している会社は、単に仕事を右から左へと流すだけでピンはねしていて付加価値がない。

・発注をどんどん下請けに出すと責任範囲が不明確になる。

もちろんこうした問題もあるとは思います。しかし、今でも下請構造が解消されないのは、多重下請構造に何らかのメリットがあるからです。
 
私も、下請構造は発注側と受託側双方の利害が一致しているからこそ強固に根付いたものだと思っているので、一概にすべてが問題だとは思ていません。しかし、問題がないというわけでもありません。
 
また下請構造そのものではなく、発注する際の業界慣行にも大きな問題があります。

その業界慣行とは、

 

1)人月単価での発注
2)技術者を客先へ常駐させる

 

の2つです。
 
業界慣行は、多重下請構造のなかで定着したものであるため、下請構造と切っても切り離せない関係にあります。なのでごっちゃになってすっきり理解することが難しいかもしれません。
 
このあたりを整理して理解しないと、何が問題の根本原因なのか見誤ることにもなるので、できるだけ整理しながら、多重下請構造・業界慣行の問題点を挙げていきたいと思います。
 
 
ちなみにここで挙げる問題点は、直接的にわれわれに影響を与えるものだけをピックアップします。日本経済がどうのこうの~なんて話はあまり興味がないので、自分たちにどのように影響するのか、既に影響を受けているのかを、リアリティを持って読んでいただければと思います。
 
 
 

2.多重下請構造のメリット・デメリット

まずは、多重下請構造そのもののメリットとデメリットを、委託側(プライムベンダ)、と受託側(協力会社)の両面から見てみましょう。
 
 

【委託側のメリット】

・協力会社が、需給調整の受け皿になる。仕事が減ってくれば協力会社との契約を切ればよいので人件費を負担せずに済む。これによって経営が安定する。

・労働集約的で誰がやっても一定の成果を出しやすい下流工程を、協力会社に発注することで、自分たちは高付加価値の上流作業を担当できる。組織の強みを上流工程に構築できる。下流工程は誰でもできるので付加価値が低い。

 

【受託側のメリット】

・エンドユーザへ提案できる技術力や営業力、企画力がなくても、大規模プロジェクトに参画できる(仕事がもらえる)。組織としてのプロダクト・サービスを持たなくても、下請として仕事をもらうことができる。

委託側、つまりプライムベンダのメリットは、経営の安定と強みの構築です。委託企業は業績悪化すると、初めに協力会社との契約を切ります。これは当たり前の話で、そのために協力会社を使っています。それがかさなると、協力会社では厳しい状況になるのですが、これは分った上で下請に入っているのであって、そのための備えをしておくのは当然のことです。また、エンドユーザに付加価値を出せるのは上流工程なので、ここを押さえることで、生産性を上げようとしています。
  
 
受託側、つまり協力会社のメリットとしては、小規模の企業であってもプロジェクトに参画できるので、仕事をもらうことができる点です。組織としての強みや営業力がなくても仕事をもらえるのですから、比較的始めやすいビジネススタイルです。そのため、中小ソフトハウスが林立する業界構造にもつながっています。
 
 
この時点で、プライムベンダと協力会社は組織力の点で優劣がはっきりしています。中小ソフトハウスは自社の営業力や商品力などの組織力が弱いために、生き延びるには下請構造に入る必要がありました。
 
 
また、高付加価値(つまり高い利益率という意味)の上流工程はプライムベンダにおさえられてしまいます。すると、協力会社は付加価値の低い、誰がやっても同じ結果になりやすい下流工程を任せられることになります。誰がやっても同じ結果なら、下流工程は価格競争にならざるを得ません。

こうしたことによって受託側企業が直面するデメリットには以下があります。
 
 
 

【受託側のデメリット】

・上流工程を担当できないので、価格競争になり単価が下がっていく。低利益化、組織の成長の鈍化となる。

・技術者は上流工程に携われず、将来のキャリアや目標を実現する機会が失われる。職場に魅力がなくなる。人材の流出や、優秀な人材が採用できないなどの問題につながる。

・何をすべきかを上に依存することになり、組織としての自律性・独立性が損なわれ、組織の強みが構築できない。強みがない組織は価格競争にさらされる。

 
 
 
ここで重要なのは、技術者1人1人のスキルの高さというよりも、組織としての力関係で全て決まってくるという点です。技術者のスキルとして、プロラミング能力、設計能力などをいくら高めても、組織として、そのスキルやノウハウを結集したプロダクトやサービスまでに昇華できないと、いつまでたっても下請のままであり、上流工程に参加することができなくなります。
 
下請ばかりをしていると、組織力が低下し、魅力のある組織にはなりません。どのポイントで強みを持つのかを探り、組織としての強みを持とうと努力しないと、誰かから指示されないと動けない組織になります。
 
 
 
これによる委託側のデメリットは以下です。
 

【委託側のデメリット】

・下流工程のスキル・ノウハウが失われる。ただし協力会社が担えばいいので問題がない。意図的に下流工程のスキルを捨てている。

・本来自分たちが蓄積するべきノウハウも、すべて協力会社に丸投げしてしまう。下請の会社が使いやすいからといって、自分たちで考えてノウハウを蓄積するべき領域まで協力会社にやらせてしまうと、組織に何もノウハウが残らず、競争力の低い組織になってしまう。

   
 
 
ここから示唆されるのは、協力会社としては、できるだけ発注側企業の仕事を多くこなすことで、上流工程のノウハウを盗むことが必要だということです。
 
 
 
 

3.協力会社のデメリットを考える

2.で挙げた受託側(協力会社)のデメリットを振り返ってみましょう。
 
 
 ・上流工程を担当できないので、価格競争になり単価が下がっていく。
  ⇒低利益化、組織の成長の鈍化となる。
 
 ・技術者は上流工程に携われず、将来のキャリアや目標を実現する機会
  が失われる。
  ⇒職場に魅力がなくなる。人材の流出や、優秀な人材が採用できない
   などの問題につながる。
 
 ・何をすべきかを上に依存することになり、組織としての自律性・独立
  性が損なわれ、組織の強みが構築できない。
  ⇒強みがない組織は価格競争にさらされる。
 
 
 
まず第一に価格競争にさらされた結果による、低賃金という問題があります。実際に本当にそのような事実があるのかどうかは、資本金別の、従業員1人あたりの売上高を見れば分ると思います。
 
売上高が低ければそれだけ従業員への賃金も低くならざるを得ません。
この業界は、売上高に占める人件費の比率は40~60%程度と言われています。つまり、売上高の4割~6割が人件費(給料等)になっているということです。
  

・資本金別の従業員1人あたりの年間売上高
1)資本金1千万未満: 684万/従業員
2)資本金5千万未満: 985万/従業員
3)資本金1億未満 :1153万/従業員
4)資本金10億未満:1676万/従業員
5)資本金10億以上:3122万/従業員

 
 
価格競争に巻き込まれている下請は、価格競争から脱しない限り、根本的な解決にはならないでしょう。
 
 
 
第二に技術者のやりがいとか、将来のキャリアへの不安という問題があると思います。本当は上流工程の設計をしたり、プロマネといった立場で仕事がしたい、またはエンドユーザに提案するような仕事をしたい、といった要望があったとしても、それは下請け企業にいたのでは叶いません。そうすると、賃金が低くても技術を極められればそれで満足、という価値観の人以外は、組織に魅力を感じなくなってきます。
  
これは「IT人材白書」のアンケートを基に見ていきます。
 
アンケートでは、技術者に「自分が所属する企業の人材育成戦略を知っているか」という内容を聞いています。人材育成に関する戦略、現状や目標、具体的な実施方法、キャリアパスの明示などのいくつかの項目を聞いているのですが、「いずれも知らない」と回答した技術者の割合は以下のようになりました。
 

1)従業員数 100名以下:60.0%
2)従業員数 300名以下:51.6%
3)従業員数1000名以下:38.0%
4)従業員数1001名以上:25.6%

 
中小ソフトハウスほど、人材育成の戦略を何も知らないという割合が多くなっています。組織からのこうした働きかけがなければ、将来が不安になったり、会社の方向性がわからなくなったりするでしょう。
 
同じく、キャリア形成支援について組織で活動がなされているか、という従業員に対するアンケートでも、従業員数100名以下の企業では、60.0%が、そのような取組みはない、と回答しています。 
 
 
また「現在の仕事に関する給与面以外の悩みや問題点」をアンケート調査したところ、以下の回答になりました。
  

1)将来自分がどうなるのかが見えない      39.5%
2)このまま仕事を続けていていいのかどうか不安 36.8%
3)労働時間が長い               35.2%
4)仕事が忙しすぎる              30.0%
5)仕事がつまらない              21.9%

 

これだけですべてが見えるわけではないですが、少なからず将来のキャリアに不安を抱く技術者が多いという現状は見えてきました。魅力のある職場環境の構築も、技術者にとっては重要な課題の1つだといえるでしょう。
 
 
 
 

●次回予告

今回は、多重下請構造そのもののメリット・デメリットを見てきました。次回は業界慣行である、「人月単価での発注」「技術者を派遣する」という点について、メリット・デメリットを見ていきたいと思います。

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