受託・派遣型の中小ソフトウェア業が抱える課題:コスト構造(その7完結編)
●受託・派遣型ソフトウェア業が生き残れるビジネスモデルとは?
ここでは、私が認識する受託・派遣型の中小ソフトウェア業のかかえる課題について述べ、解決に向けての情報共有を行いたいと考えている。
「受託・派遣型のソフトウェア業」とは、主にベンダ企業や大手のソフトウェア業のシステム開発を請負または委任契約で受託し、客先の企業内に技術者が常駐して開発を行うタイプの業務形態を示している。世間一般で言う「ソフトハウス」がこれに該当する。
私が本稿で述べたい結論は、「受託・派遣型のビジネス慣習によって、受託・派遣型のソフトウェア開発は、ハイリスク・ローリターンのビジネスモデルになってしまっている」という点である。これではリスクだけ引き受け、リターンは低いという、全くうまみの少ないビジネスと言えよう。
日々生産性向上の施策なども打っているが、なぜか利益が出ないし組織が伸びない、とお悩みのソフトウェア業の方は、ぜひご一読を頂き、ご批評を頂ければ幸いである。
当方の考えるコスト構造に関する課題の結論と、結論に至るまでの仮説は以下である。
- ●結論
- 受託・派遣型のビジネス慣習によって、受託・派遣型のソフトウェア開発は、ハイリスク・ローリターンのビジネスモデルになっている。
- ●仮説
- 人月単価での発注という慣行によって、組織の生産性向上によって余剰工数が生み出されても、柔軟に仕事をアサインできるマネジメントが存在していない。
論述はおおよそ以下の順に述べた。今回は完結編として、生き残れる派遣型ビジネスの形態を考えてみたい。
- (1)受託・派遣型ソフトウェア業のコスト構造における課題提起
⇒コスト構造に関する課題の概要を述べる。
(受託・派遣型ソフトウェア業の課題:コスト構造(その1)) - (2)ソフトウェア業のコスト構造
⇒コスト構造とは何かを理解するための、一般的な説明を行う。
(受託・派遣型ソフトウェア業の課題:コスト構造(その2)) - (3)生産性の向上が、売上や利益の拡大につながらない原因
⇒前述した仮説を述べる。
(受託・派遣型ソフトウェア業の課題:コスト構造(その3))
(受託・派遣型ソフトウェア業の課題:コスト構造(その4)) - (4)コスト構造の課題
⇒前述した仮説によって、コスト構造にどのような影響を及ぼすのかを述べる。
(受託・派遣型ソフトウェア業の課題:コスト構造(その5))
(受託・派遣型ソフトウェア業の課題:コスト構造(その6))
受託・派遣型ソフトウェア業が生き残れるビジネスモデル
●派遣型ビジネスモデルの将来像
派遣型ビジネスモデルの全てにおいて、これまでに述べたような課題を抱えているわけではない。派遣型ビジネスモデルで成功すると考える2つのパターンを示そう。究極的には、人材派遣企業はこの2つのビジネスモデルに集約されると考えている。
- ●技術者の正規雇用を行わない派遣企業
- 全ての技術者は会社と派遣契約や期間の定めのある雇用契約を締結することで、固定費を抱えないビジネスモデル。
- ●技術者を雇用し、幅広い派遣先を持ちリスク分散を行う企業
- 全ての技術者は会社と雇用契約を結ぶ。企業は多様な派遣先を獲得することで、1つの顧客や市場のリスクを分散できるビジネスモデル。
●技術者の正規雇用を行わない派遣企業
1つ目は、技術者と雇用契約を結ばない形で派遣を行う事業形態だ。これは、一般労働者派遣事業と同じビジネスモデルである。一般労働者派遣事業とは、派遣元と技術者との間は雇用契約を締結せず、派遣先から仕事の依頼があった場合のみに技術者を派遣する仕組みである。そうすれば、企業は完全に人件費を変動費に転嫁できるので、ローリスク・ローリターンのビジネスモデルになる。この事業形態を採用している企業は多く存在する。
ただしこれは、固定費のリスクを末端の事業者ではなく、労働者個人に負担させる方法であることは容易に想像がつく。そういった意味で、リスクを社会的弱者になすりつけることの連鎖は断ち切れていない。誰もリスクを負わないまま、労働者個人にリスクを負わせるという、私からすれば理不尽なやり方だ。
もちろん、一般労働者派遣の仕組みを使うことで比較的容易に労働とその対価を得られることはできよう。また、誰しもがフルタイムで働きたいとは思わないだろうし、仕事にやりがいと成長したいという欲求をぶつけるわけでもない。そういった場合には少しの家計の手助けにする分には申し分のない仕組みである。また失業率の低下という社会的な恩恵もあろう。さらに、個人で事業を行い、自分の技術力そのものを企業に提供したいとするニーズとのマッチングとしても役目を果たしている。
しかし、技術者という人材を右から左に流すビジネスであることは、根本的には違いがない。誰しもが自分の技術一本で生涯食いつないでいきたいと思っているわけではない。この業界にいながら、やはりプロジェクトを統括する立場になってみたいとか、上流の設計に携わりたい、などの希望がある。こうした希望を持っていても、この仕組みの中ではそれを実現することが不可能に近い。
企業としてはリスクの低いビジネスモデルであるが、技術者にそのしわ寄せが発生しているだけのビジネスモデルだ。
●技術者を雇用し、幅広い派遣先を持ちリスク分散を行う企業
次に、技術者を雇用するも、幅広い派遣先を持ちリスク分散を行う企業について示そう。これは、リスクを社会的弱者に押し付けることをせず、組織力によってリスクを分散する能動的な機能を持った組織である。ただし、このような組織の存在を、私は知らない。私の考える理想の部分も若干含まれているが、この組織について示す。
●リスク分散機能
まず何よりも今まで連鎖しているリスクのなすりつけあいを解消しなければならない。このために、リスクの分散機能を持つ。一般的な金融の世界でも、一つの金融商品に特化して投資をしてしまうと、その金融商品が不発だった場合に、大きな損失を被る。このため、複数の金融商品に分散して投資を行う。
これと同じように、複数の顧客や市場を持ち、1つ1つの派遣先のリスクを把握し、トータルでのリスクが最も低くなるように派遣先ポートフォリオを構成する。分散する顧客や市場・事業は、共分散がマイナスになるような(お互いの事業の浮沈が、違う事業に影響を与えないか、逆の働きをするという意味)ポートフォリオを構成することで、リスク分散効果を得る。これはファイナンス理論を応用することが求められる。デリバティブなどについても、その応用が人材派遣の事業運営に求められるだろう。
分散するカテゴリとしては、例えば最終的なエンドユーザの業界区分で考える。小売業と製造業、金融業など幅広い顧客のシステム開発に携わる。消費の減退によって小売業が停滞しても、金融業が伸びているのであれば、そちらの利益によって小売業のリスクを補てんするような仕組みだ。他の分散カテゴリとしては、同じ業界でも複数の競合他社に分散する、ということもできよう。また、もっと大きなカテゴリで国別に分散することもできる。
●人材育成・教育機能
次に内部の組織構造について述べる。組織構造としては、人材を教育することに相当な投資をする必要がある。はっきり言って業界ナンバーワンの投資をする必要があろう。技術者の教育をシステマチックに行い、経験のない業界や言語、技術要素を扱うシステム開発プロジェクトに携わる場合でも、技術者を早期に立ち上げることができる仕組みが必要である。
例えば、今まで組込み系システムのプロジェクトに従事した技術者が、すぐにWeb開発に携われるかというと、それは難しい。扱う技術要素が異なるだけでなく、業界の文化も異なるのだ。そこで、Web開発に携われるだけの知識を1ヵ月程度でインプットできるパッケージ化した教育方法が必要になる。その教育を受ければ、エキスパートとは言わずともシステム開発に携われるスキルが身に付く。そうなれば、経験のない業界や技術を用いたシステム開発にも容易に対応することが可能になる。
この仕組みがないと、例えば「○○の経験のある技術者を10名派遣してほしい」というリクエストがあった場合に、その技術を持つ要員が用意できず、仕事はあるのに技術者を送り出せないという「方針制約」になってしまい、売上を確保できなくなってしまう。
派遣型ビジネスの最大の強みとは?
この仕組みの必要性は、広告業を考えてもらえればわかりやすい。広告業において、一番広告宣伝費を出してくれる顧客は、最も成長している業界や顧客である。なので、その顧客の事業について理解し、ビジネスパートナーとなれるだけの知識を勉強して対応する。それによって大きな広告宣伝費を頂けるのだ。ただし、一転してその顧客が衰退すれば、また別の伸びている顧客を見つければよい。いつまでも衰退する顧客や事業に執着する理由は何もないのだ。これは人材派遣ビジネスでも同様に当てはまる。
つまり、派遣というビジネスモデルの最大のメリットは「特定の事業領域や市場に依存しなくてよい流動性を持っている」という点である。つまり、斜陽産業からはいち早く撤退し、伸びている産業にくっ付いていけば良いということである。
ここに人材育成を強化する理由がある。技術者を衰退した産業から、他の成長している産業にスムーズに移行させることが必要になってくる。これができなければ、衰退した産業で何とか仕事を見つけようと努力してしがみつき、結局は衰退産業と運命を共にすることになる。
そのため、人材育成の仕組みはプライムベンダや顧客企業よりも、より高度にしておく必要がある。人材育成のシステム自体がコア・コンピタンスであり、派遣企業の競争優位に直結する。これは、技術者を雇用して抱えるからこそできるのであり、雇用しない形のビジネスモデルでは成り立たないのだ。
このような内部体制とリスク分散機能を持った派遣企業であれば、グローバルなレベルでも戦うことができると、私は考えている。
●派遣事業以外への展開もある
さらに、こうしたビジネスができるのであれば、派遣事業以外への展開もある。
その1つとしては、人材育成のBPO(business process outsourcing)事業があるだろう。業界ナンバーワンの教育・育成能力があれば、ユーザ企業の情報システム部要員の育成や、他のソフトウェア企業の人材育成などをアウトソースして引き受けることができる。
また、単なるアウトソースというだけではなく、もっと戦略的な提携も可能だ。例えば、海外のソフトウェア企業が、日本のある顧客への参入を狙っていたとする。その時に、その日本の顧客のビジネスや必要となる技術要素の教育システムを提供することで、海外のソフトウェア企業の参入を手助けすることが可能となる。こうなれば、派遣企業の教育部門だけを切り離し、教育・育成のプロになることで1つの事業として成立しよう。手段としては、専門学校や教育機関などをM&Aで買収し、そこを拡大するという方法もあるし、実現方法はいくらでもあるはずだ。
次に、膨大な顧客や産業、市場へ技術者を派遣しているのだから、様々な顧客情報や業務情報、技術情報、抱えている課題などを入手することができる。その知識を集約し、1つの製品やサービスとして完結するパッケージやクラウドサービスを提供することができる。例えば、小売業と卸売業のそれぞれの業務知識や必要とされるシステムの要件などを知識集約し、1つのソリューションとしてサービス提供することができる。表向きは労働者の派遣を通じて、労働集約的なビジネスをしているが、裏ではそこから得た知識を集約し、製品化・サービス化することで、利益率の高い知識集約ビジネスに昇華することができるだろう。
プライムベンダや他のソフトウェア業が下請け構造を維持しようと躍起になればなるほど、人材派遣企業を使う必要が生じ、人材派遣企業を使えば使うほど知識を吸収され、プライムベンダの競合となりうる製品やサービスを展開されるのだ。
これは、下請け構造を逆手に取ったビジネスモデルであり、プライムベンダが下請け構造から抜け出せないほど、効果がある。このように、既存の企業が既得権益におぼれるほど、自社が儲かる仕組みを築くことができれば、一人勝ちすることができよう。
●ビジネスモデル転換への課題
ただこのようなビジネスを展開するにも障壁は大きい。まずは、無尽蔵に存在する中小ソフトハウスのダイナミックな統合や連携が必要となろう。これがまずはファーストステップだ。これによって緩やかではあるが、多種の顧客や市場を持つ技術者派遣組織が形作られる。
セカンドステップは、これらの連携した企業間で持っている顧客業務知識、技術ノウハウ、教育体制、などをオープンな形で共有することが必要だ。相互の知識を集約して、形のあるサービスやパッケージを開発する。これを販売することで、労働集約型のビジネスから一歩でも脱却する。
サードステップは、連携した企業間での相互の技術者のシームレスな移動である。このためにはやはり教育・育成システムに力を入れなければならない。そこまでできれば、連携企業間のうち、ある顧客や業界で低迷が発生しても、その業界の技術者を早期に教育して、伸びている業界へと派遣することが可能になる。
このサードステップまで達成できれば、あとは規模の経済性、ネットワーク外部性によってどんどんと規模を拡大することができるはずだ。もちろん、この仕組みは海外展開しても通用するであろう。
このように、中小のソフトハウスが志を共有し、下請け構造を逆手に取るビジネスモデルを考えて反撃にでる必要がある。この世はまさに下剋上の時代である。業界構造という課題の存在は、逆にイノベーションの機会でもある。
P・F・ドラッカーは「イノベーションと企業家精神」において、産業構造に関するイノベーションについて、以下のように述べている。
「産業や市場の構造は非常に安定的に見えるため、内部の人間は、そのような状態こそ秩序であり、自然であり、永久に続くものと考える。しかし現実には、産業や市場の構造は脆弱である。小さな力によって、簡単に、しかも瞬時に解体する。
(中略)しかし産業や市場の構造変化は、イノベーションをもたらす機会である。実にそれは、その業界にかかわるすべての者に対し、企業家精神を要求する。
(中略)産業構造の変化を利用するイノベーションは、その産業が一つ、あるいは少数の生産者や供給者によって支配されているとき、効果が大きい。」
(P.F.ドラッカー(著)/上田惇生(訳), イノベーションと起業家精神<上>, ダイヤモンド社)
以上で当方の論述は終了する。このような業界構築への第一歩を踏み出したい。
少しでも同業の皆様への示唆になれば幸いである。