情報サービス産業の今を俯瞰する(その3)
しばらくはこのテーマでシリーズものをエントリをします。
また少しシリーズものをエントリします。
内容としては、情報サービス産業の現状を理解し、また中小派遣型受託開発ソフトハウスの課題や解決策を探るべく、ちょろちょろと以前に書いていたメルマガがベースになっています。
特定の企業だけでなく多くの中小派遣型受託開発ソフトハウスに当てはまる内容かと思っています。
ぜひご批評を頂ければと。
それではどうぞ。
現状の情報サービス産業についての情報展開のVol.3です。
自分たちの置かれている産業の実態、変わりつつある時流を感じてもらえればと思います。
●多重下請け構造の功罪(その3)
1.前回までの振り返り
前回までは、多重下請構造と、業界慣行によって起きる問題について見てきました。ただし、単に問題があるというわけではなく、委託側・受託側双方にメリットがある仕組みであるがゆえに、ここまで浸透したことを見てきました。
今回は、「人月単価での発注」「客先への常駐」という業界慣行が引き起こす最後の問題を取り上げます。この問題は業界慣行による制約で発生しますが、それが実際は多重下請構造を形成することを促進する要素にもなっています。
今回はやや財務的な知識が必要になりますが、できるだけ基本的な知識で理解できるように説明したいと思います。
説明の途中で下記の資料を参照します。
・損益分岐点の説明資料(PDF、280KB)
資料をダウンロード
2.デメリットによる影響の結論
まず、これから述べるデメリットによる協力会社への影響を記載します。
・受託ソフトウェア業は、ハイリスク・ローリターンのうまみの少ないビジネスモデルである。
⇒参入障壁は低いが、リスクが大きく成長が困難。
・受託ソフトウェア業は、資本力による成長の天井が存在する、限定的なビジネスモデルである。
⇒永遠に成長していくためには、かなりの企業努力が必要なビジネスモデル。
やや結論が厳しいのですが、今のままを継続すると、という意味です。少しでも現状からの改善を試みれば、結論も当然変わります。
結論に至るまでには若干の説明が必要です。コスト構造や損益分岐点の話が若干続きます。ちょっと分かりにくい箇所もあるかもしれませんが、その場合は聞いて下さい。
3.変動費と固定費
まず簡単に、企業のコスト構造のお話をしなければなりません。コスト構造とは、売上を上げるために必要となるコストの中身のことです。
コストには次の2種類があります。
- ●変動費
- 販売量(売上高)に比例して増減する費用のこと。
例:商品の仕入れ費用など - ●固定費
- 販売量(売上高)に比例せず固定で発生する費用のこと。
例:従業員の人件費、減価償却費など
これは感覚的にも理解ができるかと思います。変動費は、小売業などで多く発生する費用です。商品を売るためには、まず仕入れなければなりません。なので、販売して売上を上げる度に、仕入れ費用が計上されます。販売量に比例して増減するので、これは変動費です。
固定費は主に従業員の給料で考えると分かりやすいです。売上があろうがなかろうが、給料は固定で払わなければならないので、販売量に比例せず固定で発生します。
で、この変動費と固定費の割合がどちらが大きいかで、変動費型の会社なのか、固定費型の会社なのかが決まります。
変動費型の会社と、固定費型の会社では、そもそもビジネスモデルが大きく異なるので、どちらの会社であるのかを特定することが大切です。
受託ソフトウェア業は、変動費型?固定費型?のどちらでしょう?
答えは圧倒的に固定費型の会社です。売上を上げるための商品自体が人であり、商品(人)を仕入れる(雇う)ためには人件費(固定費)を負担しなければならないからです。
4.損益分岐点
変動費型と固定費型の会社の特徴を示したいのですが、その前にもう1つだけ知識をインプットしておいてもらいたいです。
損益分岐点という用語を知っていますか?
損益分岐点とは、売上高と費用が一致する点のことです。売上のぶんだけ費用がかかったという点ですから、つまるところ利益ゼロのポイントを示します。
売上高と費用、利益の関係は以下の式で表すことができます。
売上高 - (変動費 + 固定費) = 利益
売上高と総費用(変動費+固定費)が同じ値だったら、利益はゼロになりますね。これは何を示すかというと、損益分岐点よりも多くの売上高を確保できれば、それだけ利益が出るし、損益分岐点よりも少ない売上高であれば、それだけ損失(赤字)が出るという、境目を示します。
(なので英語では Break eaven Point と呼びます)
損益分岐点は、より低いほうがリスクも低くなります。なぜかというと、損益分岐点が低ければ、少ない売上高で赤字を防げるからです。逆に、損益分岐点が高ければ、それだけハイリスクな会社であることがわかります。
変動費型の会社と、固定費型の会社の、これらの売上高と損益分岐点の関係をグラフで示すと次のようになります。
・ここで添付資料の図表1を参照してください
横軸は売上高と考えてください。右に行くほど売上高が増加します。縦軸は費用と利益を示します。費用と利益とは、つまるところ売上高と同じ値になります。
前述の式より、「売上高=費用+利益」なので縦軸と横軸は、同じ値(売上高)を示します。売上高線は、売上高と費用・利益との関係を示した線ですが、縦軸も横軸も同じ値を示すので傾き1となり、原点から45°の直線になります。
やや読み取りが難しいかもしれませんが、固定費線は一定の固定費で変化しないので水平になります。
費用線を固定費線の原点から伸ばしているのは、変動費線=総費用線として描きたいからです。
まあ、この辺は分かりにくいなら飛ばしてもいいです。
グラフで注目すべきポイントは、損益分岐点をはさんで発生する利益と損失の幅です。
変動費型の場合は、利益も損失も幅が狭いのに対し、固定費型の場合は、利益も損失も幅が広いです。
つまり、変動費型の場合はローリスク・ローリターンであることを示し、固定費型の場合はハイリスク・ハイリターンであることを示します。これが固定費型・変動費型の会社の基本的なビジネスモデルになります。
また、損益分岐点自体の高さも、固定費型のほうが高いため、この意味でもリスクが高いと言うことができます。
5.売上高を増加させる方法
前述のグラフでは、固定費型の会社、つまり我々の受託ソフトウェア業はハイリスク・ハイリターンであることがわかりました。
しかし、ハイリスク・ハイリターンなら特に問題はありません。リスクに見合ったリターンを得ているわけですから。
実際には受託ソフトウェア業はそうなっていないということを今から説明します。
前回ののVol.2では、生産性について触れました。売上を上げるために生産性を向上させても意味がないという話でした。
では売上を増加させるためになにをするかというと、人を雇うのです。
業界慣行によって1人=1プロジェクトの縛りがあるので、新たなプロジェクトを担当するためには、技術者が必要になります。なので、新人や中途採用者を加えて、新たなプロジェクトを担当させます。
新たなプロジェクトを担当できれば売上は増加します。しかし、それと同時に増加するものがもう1つあります。それは人件費(固定費)です。
売上を増加させるために人を雇ったのですから、人件費も増加するのです。これはつまり、売上を増加させるためには固定費を増加させなければならないことを示します。
・ここで添付資料の図表2を参照してください
固定費型のハイリスク・ハイリターンのビジネスモデルは、固定費が売上高に比例しない費用であったためにもたらされる結論です。固定費が売上高に応じて増加するのであれば、それは変動費型のビジネスモデルと同じように振舞います。
・ここで添付資料の図表3を参照してください
つまり、成長局面では、人件費を増加させることで売上を増加させますので、変動費型の会社と同じように振舞います。つまり、ローリターンです。
しかし、一転して縮小局面(仕事がなくなって売上が現象した状態)になった場合は、人件費は容易に削減できないので、固定費型の会社と同じように振舞います。つまり、ハイリスクです。
これで、ハイリスク・ローリターンのビジネスモデルが出来上がりました。
いかにリスクだけ負担してうまみの少ないビジネスモデルであるかという点が理解できたかと思います。
6.成長の天井
以上のように、受託ソフトウェア業は、人件費という固定費を抱えるリスクを背負わねばなりません。
このリスクを背負うためのパワーの源は資本力です。これはざっくり資本金と置き換えてもいいでしょう。
ということは、資本力の大きさで抱えられる人件費(固定費)が増減するということなので、資本力を増加させない限り、それ以上の成長ができないという、とても限定的なビジネスモデルであることを示しています。
今の資本力で抱えられるだけの人件費を負担したら、あとは従業員の追加はできません。従業員を追加できないという事は、売上高を増加させる手段がないということです。
結論として、資本力による成長の天井が存在するため、成長していくのにはかなりの努力が必要なビジネスモデルなのです。
7.中堅のソフトハウス
現在、それなりに規模の大きいソフトハウスは、1970年代ころに創業した会社がほとんどです。
1970年代は、受託開発の創成期であり、まだまだこれから伸びていく時代に創業をした企業です。これらの企業は、プライムベンダと一蓮托生で、ソフトウェア産業を伸ばすために共に歩みを進めてきました。
そのため、プライムベンダとの緊密な連携が可能であるために、相互に便宜をはかってここまで成長したのだと思います。これらの企業が多重下請構造を構築してきました。
それら企業は、そろそろ1代目社長の事業承継の時期に入っています。環境は創業時とはまったく異なっており、これからも多重下請構造を維持できるだけの資本力があるのかどうかは不確実です。
そうなると、そろそろ再編の時期に突入かもしれません。事実、2010年には、TISとソラン、ユーフィットなどの中堅・大手どころの受託開発企業が合弁するなどの動きもありました。
今の多重下請構造を維持するならば、資本力がなければこれ以上の成長ができませんから、合併などの再編も進んでいくのではないかと思われます。ビジネスモデルの転換も視野に入れていることでしょう。
また、クラウドに代表される、新たな「ITサービス利用形態」も伸張してきます。クラウドは、いわば今までの手作りのシステム開発を否定する潮流ですから、受託開発だけに甘んじていた会社は対応が困難になります。クラウドは、単なる1技術ということではなく、ITサービス提供の形態の1つの理想系です。今は普及に課題があるとしても、確実に伸びていく分野になるのではないかと思っています。富士通も、スパコン「京」をタイムシェアできるようなサービスも考えているらしく、「使いたい時に使いたいだけITをサービスとして利用する」という考えは浸透していくと思います。
また、サービスとしてのソフトウェアという考え方ですから、ユーザが使いやすいインタフェースを備えていることも求められると思います。今はスマホが爆発的に普及したこともあり、リッチなUIを備えたスマホやタブレット端末を用いたシステム構築の案件も増加してくるでしょう。こうした案件にも対応できるだけの技術の蓄積が必要とされるのは想像に難くありません。
もちろんオフショアもどんどん伸張するでしょう。価格競争はすでに始まっており、下流工程を担当するだけなら海外の企業にはかないません。
クラウドもオフショアも、まだ目に見えるレベルにまでは伸びていませんが、今後はこの潮流で進んでいくものと思います。こうした新しい潮流にいち早く対応していかないと、気付いたときには手遅れになる可能性もあるでしょう。
ただ一方で、今までの受託開発、ましてや組込系の仕事がすぐになくなることは考えられません。まだまだニーズはあり、ただの私見ですが、少なくともあと10年程度は同じ技術で食いつなぐことはできるかもしれません。
しかし、逆にその環境に甘んじることがリスクになりかねません。気付いたころには「ゆでガエル現象」にはまっている可能性もあります。業界構造の変化を感じ取って対応していくことが必要な岐路に差し掛かっていると考えています。
●次回予告
次回は一旦これまでに見てきた問題を整理してみて、これらの問題にどのように向き合えばよいのかを考えてみたいと思います。
問題をそのままにしないで、自分たちで解決できる課題にするには、どのような取組みをすべきなのかを考えてみましょう。