受託・派遣型ソフトウェア業の課題:コスト構造(その5)

受託・派遣型の中小ソフトウェア業が抱える課題:コスト構造(その5)

●(4)コスト構造の課題その1

ここでは、私が認識する受託・派遣型の中小ソフトウェア業のかかえる課題について述べ、解決に向けての情報共有を行いたいと考えている。

「受託・派遣型のソフトウェア業」とは、主にベンダ企業や大手のソフトウェア業のシステム開発を請負または委任契約で受託し、客先の企業内に技術者が常駐して開発を行うタイプの業務形態を示している。世間一般で言う「ソフトハウス」がこれに該当する。

私が本稿で述べたい結論は、「受託・派遣型のビジネス慣習によって、受託・派遣型のソフトウェア開発は、ハイリスク・ローリターンのビジネスモデルになってしまっている」という点である。これではリスクだけ引き受け、リターンは低いという、全くうまみの少ないビジネスと言えよう。

日々生産性向上の施策なども打っているが、なぜか利益が出ないし組織が伸びない、とお悩みのソフトウェア業の方は、ぜひご一読を頂き、ご批評を頂ければ幸いである。

当方の考えるコスト構造に関する課題の結論と、結論に至るまでの仮説は以下である。

●結論

受託・派遣型のビジネス慣習によって、受託・派遣型のソフトウェア開発は、ハイリスク・ローリターンのビジネスモデルになっている。

●仮説

人月単価での発注という慣行によって、組織の生産性向上によって余剰工数が生み出されても、柔軟に仕事をアサインできるマネジメントが存在していない。

論述はおおよそ以下の順に述べることとする。

(4)コスト構造の課題

●前回までのおさらい

前回は、人月単価での発注慣行と、技術者を派遣することから生じる「1人=1プロジェクトの縛り」によって、組織の生産性向上によって余剰工数が生み出されても、柔軟に仕事をアサインできるマネジメントが存在していない、という仮説が導かれることを述べた。

仮説が正しければ、生産性を向上させても売上の増加にはつながらない、という事実が導かれる。今回はこの仮説が正しいとした場合に、コスト構造の観点からソフトハウスの課題を述べたい。

●ソフトハウスが売上高を増加させるための2つの方法

第一に問題となるのは、「固定費型の事業は、売上高を増加させることが成長のカギであるにも関わらず、売上高の増加を生産性向上で補えない」ことである。この点についてはすでに述べた。

では新たな仕事を受注して売上高を増加させるには、どのようにすればよいのか。現状のソフトハウスでは、「新たな仕事を受注すべく、自社で抱えるメンバを増加させる」という行動をとることになる。

ここでいう「自社で抱えるメンバの増加」方法は以下の2通りがある。

●自社で技術者を雇用する

技術者が増えれば新たな仕事を受注することができる。しかし、不景気などで仕事がなくなってしまった場合は、即赤字となるのでリスクが高い。

●他の協力会社へ発注する

自社で技術者を雇用する必要がなく、仕事があるときは外注し、なければ外注利用をやめることができるのでリスクは低い。

上記で述べている「リスク」とは、もちろん利益に与える負の影響のことである。技術者を雇用すると固定費が増加する。これは、損益分岐点を押し上げることにより赤字のリスクを増加させる。景気が悪くなり売上高が減少すれば、真っ先に影響を受けるのがこうした固定費型の企業である。損益分岐点を上回れば利益の幅も大きいが、損益分岐点を下回った場合の損失の幅も同様に大きい、ハイリスク・ハイリターン型のビジネスモデルなのだ。

●固定費が変動費のように振る舞う?

まず自社で技術者を雇用する方法から見ていこう。

新たな仕事を獲得するため、つまり売上高を増やすために、人を雇用する、というのは、言葉を換えれば、売上高を増加させるために固定費を増加させる、という意味である。

これまでのコスト構造で説明した内容をご理解されている方なら、「おや?何かが変だ」とお気づきのことだろう。

売上高(販売量)に比例する費用は変動費であった。人件費は販売量には比例しない固定費の位置付けのはずである。しかし、それが今や変動費と同じように売上高の増加に比例して増えているではないか!

「でも、売上高に比例して人件費が増えたとするなら、それは固定費ではなく、もう変動費なのでは?技術者そのものが商品なのだから、それでいいのでは?」と考える方がいるかもしれない。しかし、人件費は固定費なのである。

例えば、商品を販売する一般的な小売業を想像してみよう。この場合、商品を仕入れる費用が変動費になる。景気が良い時はどんどん商品を仕入れる。当然、変動費も増加する。逆に景気が悪くなり、商品が売れなくなると、売れない商品の在庫を大量に抱えるわけにはいかないので、仕入れる量を減らすことになる。となると、変動費も減少する。これは、販売量に応じて仕入れ費用が増減するという特徴を持っていることを意味する。これが変動費だ。

ソフトウェア業における人件費を同様に考えてみよう。景気がよく、委託元企業からどんどん仕事のお誘いがある。それに対して技術者を雇用し、どんどん派遣する。売上高も増加するが、人件費も増加する。ここだけを見ると人件費は変動費のようにふるまう。しかし、いったん景気が後退し、委託元から契約が切られたとする。そうなった場合、小売業であれば仕入れ量を減らすことで費用を抑えることができるが、人という商品は容易に削減することができない。仕事がないからといって簡単にクビを切れないということだ。そうなると、仕事はないのに人件費はどんどん垂れ流すことになり、あっという間に企業の財務状況を圧迫する。ここが、人件費が固定費にならない絶対的な理由である。

●ソフトハウスのステージによって人件費の振る舞いが変化する

以上をおさえたうえで、ソフトハウスの成長ステージに応じて、コスト構造がどのような動きをするのかを見ていこう。

人月単価の慣習によって生産性を上げても売上増加につながらない企業は、売上を増加させるためにどのような行動をとってきたか。

●成長期
第一に、成長期は技術者を雇用することで対応してきた。つまり、売上を上げるために人件費を増やし、人件費を変動費と同じように扱ってきた。この局面だけ見れば、人件費は変動費と同じ振る舞いをする。これは何を意味するか。以前に説明したように、変動費型の企業は利幅が小さいことを意味した。ということは、委託元の要請に応じてどんどん技術者を雇用して派遣するというビジネスモデルは、売上高の成長期には、変動費型ビジネスモデルのようにふるまっていたのだ。そのため利幅は小さいのでリターンも小さいことを意味する。

●後退期
第二に、後退期には派遣元との契約が切れて売上高が減少した場合、成長期に抱えた人件費は、今度は固定費の様相を見せる。仕事が少なくなっても人件費を削減することは容易ではない。そのため、急激な利益の縮小に見舞われ、あっという間に首が回らなくなる。そうなると、単価の安い案件でも赤字を出すよりはましと、仕方なしに受け入れるしかなくなり、さらに利幅が減少していく。これは、固定費を抱えることでのリスクが高いことを意味する。

以上のことから、成長期でもリターンが小さいという点、固定費を抱えることでのリスクが高いという特徴を備えたビジネスモデルの完成となる。ハイリスク・ローリターンのビジネスモデルだ。これが派遣型の下請けビジネスの特徴なのである。

近年の利益減少の理由を「単価が低くなったから」とか、「景気が悪く仕事が減ってきているから」などと理由づけているかもしれないが、本質的にハイリスク・ローリターンのビジネスモデルを採用してしまっているからであることに気づいていないのかもしれない。もちろん、プライムベンダや大手のソフトウェア開発企業はこれを十分に理解しているので、できるだけ固定費は抱えず、大量の発注を行って、開発費用の変動費化をしているのである。

我々は、このようなリスクだけ高いビジネスに従事していることを理解して、次の一手を打つ必要がある。

長くなったが、全体の論述の流れにいったん立ち戻ろう。
生産性を向上しても売上高を増加できない企業は、売上高を上げるために2つの方法があると述べた。1つが技術者を雇用する方法であり、これについてはすでに述べた。次回は、2つ目の方法である、他の協力会社へ発注する方法について述べる。この方法であればハイリスク・ローリターンのビジネスモデルから抜け出せるのであろうか。その点を考えてみたい。

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