受託・派遣型の中小ソフトウェア業が抱える課題:コスト構造(その2)
●(2)ソフトウェア業のコスト構造
ここでは、私が認識する受託・派遣型の中小ソフトウェア業のかかえる課題について述べ、解決に向けての情報共有を行いたいと考えている。
「受託・派遣型のソフトウェア業」とは、主にベンダ企業や大手のソフトウェア業のシステム開発を請負または委任契約で受託し、客先の企業内に技術者が常駐して開発を行うタイプの業務形態を示している。世間一般で言う「ソフトハウス」がこれに該当する。
私が本稿で述べたい結論は、「受託・派遣型のビジネス慣習によって、受託・派遣型のソフトウェア開発は、ハイリスク・ローリターンのビジネスモデルになってしまっている」という点である。これではリスクだけ引き受け、リターンは低いという、全くうまみの少ないビジネスと言えよう。
日々生産性向上の施策なども打っているが、なぜか利益が出ないし組織が伸びない、とお悩みのソフトウェア業の方は、ぜひご一読を頂き、ご批評を頂ければ幸いである。
当方の考えるコスト構造に関する課題の結論と、結論に至るまでの仮説は以下である。
- ●結論
- 受託・派遣型のビジネス慣習によって、受託・派遣型のソフトウェア開発は、ハイリスク・ローリターンのビジネスモデルになっている。
- ●仮説
- 人月単価での発注という慣行によって、組織の生産性向上によって余剰工数が生み出されても、柔軟に仕事をアサインできるマネジメントが存在していない。
論述はおおよそ以下の順に述べることとする。
- (1)受託・派遣型ソフトウェア業のコスト構造における課題提起
⇒コスト構造に関する課題の概要を述べる。
(受託・派遣型ソフトウェア業の課題:コスト構造(その1)) - (2)ソフトウェア業のコスト構造
⇒コスト構造とは何かを理解するための、一般的な説明を行う。
(本記事が該当) - (3)生産性の向上が、売上や利益の拡大につながらない原因
⇒前述した仮説を述べる。 - (4)コスト構造の課題
⇒前述した仮説によって、コスト構造にどのような影響を及ぼすのかを述べる。
(2)ソフトウェア業のコスト構造
●受託型の中小ソフトウェア業のコスト構造は固定費型
前述したように、受託・派遣型ソフトウェア業ではコスト構造に課題があると思っている。
通常はビジネスモデルを考える場合、業界の売上高の伸びとか、参入障壁の高さなどを考えるが、それよりもなによりも利益に直結するコスト構造にリスクがある。
コスト構造とは簡単に言うと、営業して売上高を上げるために必要となるコストの構成のことである。
なぜコストの絶対額の大小を議論せずに、コストの構成について議論するのか不思議に思われるかもしれない。しかし、コストの構成がビジネスモデルの優劣に大変大きな意味を持っているのだ。
コストには大きく、変動費と固定費がある。
- ●変動費
- 販売量や生産量に比例して発生する費用のこと。
- ●固定費
- 販売量や生産量に影響せずに一定に発生する費用のこと。
変動費とは、販売量や生産量に比例して発生する費用のことである。たとえば、ある商品を卸から仕入れて、それを顧客に販売するビジネスを考えてみる。このときに、60円で仕入れた商品を、100円で売ったとする。もし、商品が2個売れたら、売上高200円でコストは120円となる。
このときの仕入れコストは販売量に比例しているため、変動費となる。1個販売しようが10個販売しようが、変動費の売上高に占める比率は60%で、これを変動比率と呼ぶ。変動費が大きい事業は、おもに小売業である。
もう1つが固定費である。固定費は、販売量や生産量と関係なく発生する費用のことであり、おもに人件費や設備などの固定資産などが該当する。ソフトウェア業は、従業員の人件費が費用の大半を占める。仕事があろうがなかろうが、従業員の給料は固定で発生するからだ。また、鉄道や航空会社、電力会社のように事業を行うために大規模な設備を持つものも、固定費が高くなる。
どうしても労働集約的なサービス業は、固定費型のコスト構造にならざるを得ない。
コスト構造というのは、この変動費と固定費の割合のことをいう。
固定費が多い情報サービス業や電力会社のようなコスト構造を持つ企業を「固定費型」と呼び、小売業のような変動費が多いコスト構造の企業を「変動費型」と呼ぶ。
ソフトウェア業は基本的には「固定費型」のコスト構造を持っている。
もちろん、プロジェクトをたくさん抱えるようになれば外注も使うので、その点は変動費も増えるのだが、割合として固定費が多い、ということである。
●固定費型は損益分岐点が高い
固定費型と変動費型の意味については理解されたと思うが、で、何がリスキーなのか?というところを説明するのに、もう少しコスト構造の違いによるビジネスモデルの違いを説明しなければならない。
ここで「損益分岐点(Break-even point)」という考え方をする。
損益分岐点とは、売上と総費用が一致する点のことである。
総費用とは、変動費+固定費のことだ。
売上と総費用が一致するということは、利益がゼロとなるポイントのことである。
損益分岐点売上高は、利益がゼロになる売上高のことで、損益分岐点売上高を上回る売上高を達成しなければ、利益が発生しないポイントのことを示す。
損益分岐点売上高 = 総費用(変動費 + 固定費)
で表す。
この説明からもわかるように、損益分岐点売上高は低いほうが安全だ。
少々の売上高を確保できれば赤字を回避できるのであれば、それだけリスクが少ないことを示す。逆に、損益分岐点売上高が高いということは、それだけ大きな売上高を確保する必要があるということで、リスクが高い。
変動費型の企業は損益分岐点売上高が低い、という特徴を持ち、固定費型の企業は逆に高いという特徴を持っている。
そこだけを見ると、固定費型の企業はデメリットが大きいように感じる。しかし、損益分岐点を超えて売上高を確保できた場合は、固定費型のほうが、大きく利益を獲得できるというメリットを持つのだ。
固定費型は変動費型と比べると、ハイリスク・ハイリターンのビジネスモデルであるといえよう。
これを表でみてみる。
上の表では、変動費型の企業と固定費型の企業の最終的な利益(経常利益)は同じ20となっている。
しかし、そのコスト構造のまま売上高をそれぞれ2倍にした場合、利益は固定費型のほうが大きく伸びているのだ。
変動費型の場合は、売上高が増えるほど、もともと多かった変動費も比例的に増加するので、利ざやが小さくなる。しかし固定費型の場合は、売上高が増加しても変動費はそれほど増えないので、大きな利益を獲得できるという理屈による。
これを損益分岐点分析のグラフで示すと目で見て理解ができる。
縦軸は売上高を示し、横軸は販売量を示す。
売上高 = 利益 + 総費用(変動費+固定費) の関係であるから、売上高線は、原点から45°の直線になる。
固定費は販売量に依存しないので、ある一定の固定費が販売量にかかわらず一定に発生するから、横に一直線になる。
総費用は、固定費+変動費なので、固定費のところから変動費線を描く。変動費は販売量が増加するほど大きくなるので、右上がりの線になる。
で、この総費用線と売上高線の交わったところが利益ゼロとなる損益分岐点を示す。
グラフではわかりやすく特徴的に描いていることもあるが、損益分岐点がどちらが高いか、また、損益分岐点を越えて売上高が発生した場合の利益の幅がどちらが大きいのかも一目瞭然だと思う。
●ソフトウェア業は固定費型のくせに、仕事を増やすほど固定費も増える謎
ここまでで大部長い説明になってしまったので、続きは次回に譲るが、そこで中小の受託ソフトウェア業の課題と考える点を示したいと思う。
ここまで説明を聞いた方は、「別に固定費型はややリスクあるけど、売上高が増えれば利益も増えるから問題ないのでは?」と思っていることだろう。
たしかに、売上高の増加とともに利益が本当に増加するのであれば、私も課題だとは思わない。
しかし、いくら従業員のスキルアップや生産性向上を行っても、売上高を上げるには固定費も上げなければならないというジレンマがここに存在するのだ。なんと固定費が変動費のようにふるまう現象が発生するため、売上高を上げようにも固定費の増加というリスクに二の足を踏んでしまい、なかなか仕事を増やすことも容易ではないのだ。
そもそも固定費型であるため、損益分岐点が高くリスクがあるのに、売上高を上げるためには更なる固定費が必要になるという課題がここにある。
人月単位の受注慣行や、下請けであるがゆえに発注元の需給調整の影響をもろに受けるという点が、この課題の根本原因であると思っている。それはまた次回以降に。。