ブログ

サイト管理人のブログです。
このエントリーをはてなブックマークに追加

ブログ一覧

  誰でもできる、どんな仕事にも集中できる仕事術とは?

79950fab5a9e5d09c8d7e0dacf95dc2a_s

■どんな仕事にも集中するための方法はあるのか?

仕事をしているときのご自身の「感情」に思いを寄せたことはありますか?

わたしは、仕事において集中してワクワクしながらフロー状態を経験できることもあれば、やっつけなければならない義務感から、辛いと思いながらこなす仕事もあります。

仕事をしている時、人は自分ではあまり意識はしていないと思いますが、実際は「感情」が大きく揺れ動いているはずです。そして、その「感情」によって、自分のモチベーションも揺れ動いているように思います。

 

私は、いわゆる定型業務や、同じような仕事を繰り返すことに極端に苦痛を感じます(笑)。もちろん、ミスなくこなすことはできるのですが、新しさや自分の創意工夫が入らないような仕事になればなるほどその仕事に対する興味を失ってしまう度合いが、かなり大きいのです。

そんな困った自分は、「どうやったら興味を持てない仕事にも集中できるようになるのか」という、これまた世間一般の大人たちがあまり考えそうにない本質的な問いを、ずっと自分に投げかけてきました。ふつうは「仕事なんてそんなもんだよ」と割り切るのでしょうが、私はこうした本質的な答えを探す悪い?クセがあるのです(笑)。

そしてそれは、単に「時間を決めて取り組む」とか、「仕事が終わった後のご褒美を用意する」などという、外的要因による動機づけではなく、自分の心の中から内的に仕事に興味を持ち集中して取り組むための方法を探していたのです。

なぜなら、内的プロセスを身につけなければ、結局はその日の天気や気分、職場環境などといった外的要因によって自分の仕事のパフォーマンスが左右されてしまうからです。仕事におけるパフォーマンス(品質)を一定に保つには、自分の内的要因によって仕事への集中を自ら作り出すプロセスが必要なのです。これは品質管理の考え方と同じです。

 

そんな本質的で答えが無いような問いを長い年月自問してきた結果、おぼろげながらですが、ある程度はどんな仕事にも興味を持ち、集中して取り組むためのスキルを後天的に開発できたように思います。

さて今日は、そんな「仕事に集中するための内的プロセス」について、私の持論を述べたいと思います。みなさまも頭の体操、息抜きに、是非ともお付き合いくださいませ!

(さらに…)

  自己の存在価値 -「ありのままの自分になる」のは是か非か-

1a966bdbab856057d2748371ddb10200_s

■自己の存在価値 -「ありのままの自分になる」のは是か非か-

最近いろいろと仕事環境も変わり、以前よりもやりたかったことを素直に実行できる環境にいると感じています。

「やりたいと思ったことをやれることが一番の自由である」と言った人がいましたが、確かにそうだな、と実感している次第です。
ただし、大昔から自分の中にあり、そして今も時折考えてしまう課題もあります。

それは、

仕事面において、結局自分は何がしたいのか。もしくは自分の本来的な存在意義は何か。これが時々ぶれてしまう。

ということです。

 

自分で言うのもなんですが、私はどちらかと言えば器用貧乏、よく言えばオールマイティのタイプで、なんでもこなせるけども、結局「これだ」という専門性がいまいち見当たらないようにも思います。

(※などと言うと、一部の方からは「贅沢な悩みだ」など突っ込まれることもあるのですが、ただ自分にとっては結構深刻な課題なので、しょうがないのです)

 

もちろん、やりたい方向性はあって、その方向には進んでいます。しかし年齢を重ねるにつれ、何か人生に対するもっと大きな挑戦がしたいと思うことも多くなってきました。

私は仕事人間とまでは言わないですが、仕事が自分を表現する手段の8割~9割以上を占めている人間です。どんな仕事をするのか、どんな仕事に命を削っていくのか、それはそのまま「人生をどのように生きるのか」に直結しています。

 

こういった課題を解決すべく、以前からキャリア論やモチベーション論などもかなり研究し、自分に適用することで、悩みながらも前に進む事が出来ていたと思います。しかし、いつまでたっても前述の課題はスッキリとは解決しないのです。

しかし最近、ある思想を学ぶことで、もしかしたらこの課題が解決しそうな気がしてきたのです。
それは、「構造主義」です。

 

さて、「ありのままの自分」を取り戻す旅に一緒に出てみましょう。ちょっとだけお付き合い頂けますと幸いです。これを機にご自身の思いも振り返ってみてはいかがでしょうか。

(さらに…)

 「雑談」で知るコミュニケーションの本質とは?

a84c0dbfb9546a0f1a2e885680d13c48_s

■雑談という社交性スキルはなぜ必要なのか?

雑談 - 案外これを不得意とする人は実は割と多いのではないかと思います。

 

かく言う私もその1人です。

お客さんなどの仕事関係で、あまり顔なじみでない方(とくに役職の高い方)と、突然エレベータで2人きり・・・
ちょっと離れている面識のあまりない近所の方と、バス停でばったり・・・

 

突然何を話せばいいのか分からないですが、会話がない空気感も避けたいし、少々こまった気分になってしまいます。

 

誰とでも「用事」や「用件」があれば、問題なく会話もできるし意思疎通もできます。
しかし「用件」のないシーンで、どうコミュニケーションすればいいのかが分からない時ってありませんか?

 

そもそも「雑談」とか「コミュニケーション」って何なんだろうか。
できたに越したことはないけど、出来るべきなのか?出来なくともいいのか?
そもそも「雑談」って必要なものなのか?

 

明治大学文学部教授 斎藤 孝氏の「雑談力が上がる話し方」にはこう書かれています。

雑談から透けて見えるのは、その人の育ちの良さ。もちろん、いわゆる育ちが良いというのは、家柄がよいということではなく、人間関係に恵まれて明るく育っているという意味です。
(雑談力が上がる話し方, 斎藤孝,ダイヤモンド社)

 

そんなこと言われても、気付いたころには他人と比べて「社交性が低い」状態になっていたのだし、どうしましょう、という感じです。

 

同著には、

・雑談に意味や目的はない!急に始まり、急に終わって良い会話だ
・雑談は「あいさつ+α」で30秒でよい
・雑談にただ一つルールがあるとすれば、別れ際の後味の悪さは回避せよ
・相手にどう思われるか心配・恥ずかしいという思いは、突き詰めれば自意識過剰

などなど「雑談」を行う上での戦術的方法が書かれており、大変参考になりました。私も1人のビジネスパーソンとして、そして良識のある大人として、この部分は改善せねばと、意識して改善してきました。

 

ただ、そんな「雑談」はなぜ存在するのか?といった、世間一般の良き大人たちは考えも感じもしない疑問がずっと頭にあったことで、ふと、「雑談」つまり「意味のあまりないコミュニケーション」の本質がなんとなくわかってきた気がしてきたのです。

では、雑談から見るコミュニケーションの本質について探っていきましょう。

 

(さらに…)

  信頼を得るための本質的な方法は?

 cfa5b098c59f6edcda999918ba9ffa39_s

■“信頼を得る”とはどういうことなのか?

経営コンサルティングに従事しているとよく言われるのが、

お客様との信頼関係を構築しないと支援などできない

ということです。これは他の業種にも通じる言葉ではないかと思います。

 

そこまでは全員が納得でしょうが、では、信頼関係を構築するために具体的にどんなことをすればよいのでしょうか?

もちろん、私もカウンセリング理論の勉強と実践を行っておりますので、ラポールの形成やミラーリングなど一通りのスキルは保有しているつもりです。

ここでは、そういったテクニカルなことではなく、根本的に“信頼”をどのように構築するのか、ということを考えてみます。

 

皆様も後輩や部下に「お客様と信頼関係を構築しろ」と言いっぱなしになっていませんでしょうか?

信頼関係を構築する方法と、その優先順位を、自分の考えではありますが述べてみたいと思います。

今回も皆様への「内省し、自己を見つめなおすための話題提供」になれば幸いです。

 

(さらに…)

  あなたの心をタフにする唯一の方法?

心をタフにする唯一の方法

心をタフにする唯一の方法

■人はだれしも心を病む生き物なのだ

 

先日、テレビでNHKの「心の時代」が流れていました。

この番組は宗教家の方々がいろいろなお話をするというもので、NHKのサイトには、

どうにもならない壁にぶつかったとき、絶望の淵にたたされたとき・・・どう生きる道を見いだすのか。先人たちの知恵や体験に、じっくりと耳を傾ける番組です。

と書かれています。

私は過去にこの番組を見たこともないのですが、テレビのリモコンが遠くにあったのと、家事をしていたのでチャンネルを変えるのも面倒なので、そのままこの番組を流しっぱなしにしていました。

 

ただ、途中から番組内でお話をしている宗教家の話の内容に段々と興味を覚えるようになり、番組の後半くらいからじっと聞き入ってしまったのです。

なぜこんなに興味を覚えたのか、というと、ちょうど自分が抱える悩み?とまではいかなくとも、そういった「心に引っかかっている何か」への答えを語っていたからでした。

この答えを聞いたとき、自然に「なるほどね!」と独り言をつぶやいてしまうほど、自分では納得をしてしまったのです。

 

そこには、心を病んだ人がどういうプロセスを経て「タフさ」を身に付けていくのか、その真理が語られているように感じました。

(さらに…)